相続税の申告実務では、被相続人の預金を生前に相続人が管理・出金していた事案に頻繁に遭遇します。その資金を贈与とみるか、貸付金・預り金とみるか、あるいは無断出金とみるかで、課される税目も税額も、そして税務調査での攻防も大きく変わります。本稿は、この判定と、贈与税の除斥期間が経過した年分の取扱いについて、条文・通達・裁判例・裁決の一次資料に基づいて整理したものです。
贈与税の更正・決定の期間制限(6年)の根拠条文は、現行法では相続税法37条1項です。令和5年法律第3号により、旧37条(削除条)を削って旧36条を37条に繰り下げ、35条の次に新36条(相続税についての期間制限の特則)を新設する改正が行われ、令和5年4月1日から施行されています。
したがって、現行の相続税法36条は相続税に関する規定であって贈与税とは無関係です。「相続税法36条1項」と記載している書籍・データベース・解説サイトは、改正前の番号のまま更新されていないものです。意見書や添付書面で引用する際は、現行番号に直す必要があります。
偽りその他不正の行為がある場合の7年についても、贈与税の根拠は相続税法37条4項です。国税通則法70条5項ではありません。相続税法37条1項が「国税通則法第70条の規定にかかわらず」として通則法70条を条ごと排除しているためで、通則法70条5項が根拠になるのは相続税の7年の方です。この使い分けは実務書でもしばしば誤られています。
除斥期間は税務署長の賦課権(納税義務を確定させる権限)を制限する制度であり、納税者の申告そのものを禁じる規定ではありません。国税通則法18条1項も、期限後申告書の提出可能期間の限界を「決定があるまでは」としており、期間経過後の提出を明示的に排除してはいません。
しかし、賦課権が消滅している以上、提出された申告書によって納税義務が確定することはありません。国税庁税務大学校のテキストも「納税義務が成立していても、未確定のまま賦課権の除斥期間を経過した場合には、賦課権の行使による納税義務の確定はできない」としています。窓口で受け付けられたとしても、それは受領の事実行為にとどまります。
ここが実務上いちばん誤解されやすい点です。贈与税には徴収権の消滅時効について特則があり、申告書の提出期限から1年間は時効が進行しません(相続税法37条5項)。その後に国税通則法72条1項の5年が進行するため、結果として提出期限から6年で徴収権の時効が完成し、更正・決定の期間制限(6年)と同日に満了する設計になっています。
徴収権の時効は援用を要せず、その利益を放棄することもできません。したがって納税者が「納付したい」と申し出ても、国はこれを収納できません。納付された金額は過誤納金として遅滞なく還付されることになります。「申告書は受け付けてもらえるが、納税はできず、納めた分は戻ってくる」という実務上の経験則は、この条文構造から説明できます。
「6年で終わり」と即断することはできません。単純な無申告は「偽りその他不正の行為」に当たらないとするのが判例の立場ですが(最判昭和42年11月8日刑集21巻9号1197頁ほか)、国税庁の事務運営指針「相続税及び贈与税の重加算税の取扱いについて」第1・2(6)は、贈与税関係の不正事実の類型として「受贈者等が、その取得した課税財産について、例えば、贈与者の名義以外の名義、架空名義、無記名等であったこと又は遠隔地にあったこと等の状態を利用して、これを課税財産として申告していないこと」を挙げています。相続人名義の口座で受領して申告していないという事実関係は、この類型に読み込まれる余地があり、7年が認定されれば時効と思われた年分もなお決定の対象になります。
「相続税の申告で未申告や隠ぺいを疑われたくないので、時効にかかっている年分もあえて贈与税申告をしておきたい」という発想は自然なものです。しかし、相続税との接続関係を確認すると、実益はほとんどないことが多いと考えられます。
生前贈与加算は相続税法19条1項により7年に延長されましたが、経過措置があります。令和5年法律第3号附則19条2項は、令和8年12月31日までに相続等により財産を取得する者について、同項の「七年」を「三年」と読み替えると定めています。
| 相続の開始日 | 加算対象期間 | 100万円控除 |
|---|---|---|
| 令和8年12月31日まで | 相続開始前3年以内 | 適用場面なし |
| 令和9年1月1日から令和12年12月31日まで | 令和6年1月1日から死亡の日まで(可変) | 3年超の部分に適用 |
| 令和13年1月1日以降 | 相続開始前7年以内 | 3年超の部分に適用 |
したがって、相続の開始が令和8年中であれば、加算対象は直近3年分に限られます。除斥期間(6年)が経過しているような古い年分の贈与は、そもそも相続税の課税価格に加算されません。時効経過分の贈与税申告書を提出しても、相続税の課税価格には一切影響しないことになります。
この通達の主旨は、まだ課税できる未課税の贈与税も「課せられた贈与税」に含めて控除の対象とする(そのうえで速やかに課税手続をとる)という点にあります。その裏返しとして、除斥期間が経過して更正・決定ができなくなった贈与税は控除の対象から外れます。
実務上は、相続開始日が令和13年1月1日以後となり加算期間が7年になった場合に、6年を経過した年分が「加算はされるのに贈与税額控除は受けられない」というねじれを生じます。今後の案件では注意が必要です。
時効経過分の申告書を提出することは、贈与の事実関係を自ら書面で提示することを意味します。相続人名義口座での受領という事実が明らかになれば、前掲の事務運営指針の不正事実類型への当てはめの材料となり、7年の除斥期間を主張される引き金になり得ます。また、除斥期間内の他の年分について、名義預金の存在や継続的な資金移動を推認させる資料にもなります。相続税上の実益がほとんどない一方で、こうした副作用が残る点を踏まえた判断が必要です。
被相続人の預金を相続人が管理・出金していた場合、その資金の性質は、贈与・貸付金・預り金・無断出金の4類型のいずれかに整理されます。これは法解釈の問題ではなく、事実認定の問題です。「除斥期間が経過しているから贈与にしておこう」という出発点で構成を選ぶと、後の調査で事実関係との齟齬を突かれることになります。
条文の構造上、贈与者による「与える意思の表示」は独立の要件です。受贈者が「もらったつもりだった」と認識しているだけでは要件を満たしません。他方で「本人に断らずに引き出した」という説明は、贈与者の意思表示が存在しなかったことを自認するものと評価され得ます。この2つが同一人物の口から出ている場合、どちらの構成をとるにせよ供述の信用性が争点になります。
なお、書面によらない贈与でも、履行の終わった部分については解除できません(民法550条ただし書)。贈与の時期は、書面によるものは契約の効力発生時、書面によらないものは履行の時とされています(相続税法基本通達1の3・1の4共-8(2))。
| 類型 | 民事上の性質 | 相続財産 | 贈与税 | 立証のポイント |
|---|---|---|---|---|
| 贈与 | 民法549条の諾成契約。贈与者の意思表示と受贈者の受諾が必要 | 該当しない(被相続人の財産から離脱済み) | 各出金日の属する年分で課税。除斥期間6年(不正行為があれば7年) | 贈与契約書、贈与税申告の有無、贈与者の意思能力、受贈者が自由に処分できる状態にあったか |
| 貸付金 | 返還合意が存在する金銭消費貸借 | 貸付金債権として課税価格に算入 | 課されない | 借用書、返済実績、利息の授受 |
| 預り金 | 被相続人のために保管。所有権は被相続人に残る | 現金または預け金返還請求権として算入 | 課されない | 保管の趣旨、被相続人のための支出実績、残高の管理状況 |
| 無断出金 | 贈与不成立。不当利得返還請求権(民法703条・704条)または損害賠償請求権(民法709条)が発生 | 未費消なら現金、費消済みなら債権。ただし課税庁に実在の立証責任 | 課されない | 出金者の特定、被相続人の同意の有無と意思能力、費消の具体的内容 |
国税不服審判所は、預貯金の帰属について一貫した判断枠組みを示しています。
考慮要素は、名義、管理・運用状況、原資の出捐者、贈与の事実の有無の4つです。実際の裁決では、被相続人が真に贈与する場合には受贈者がその資金を自由に処分できる状態にして贈与していたという事実を捉えて、名義預金についてはその状態になかったとして贈与を否定したものがあります(平成27年10月2日裁決)。
出金を年別・金額別に一覧化したうえで、①被相続人本人のための支出(生活費・医療費・介護施設費・税金等)、②相続人のための支出、③使途不明、の3つに分類することが最も効果があります。①は被相続人の財産を被相続人のために使ったにすぎず、贈与でも不当利得でもないため、課税問題を生じません。領収書・施設利用明細・振替記録によってこの部分を厚くすることが、最も確実で争いの起きにくい対応です。
「贈与でないなら相続財産だ」という短絡は成り立ちません。課税庁が課税するには、二段階の立証が必要です。
そして、相続財産の存在と金額についての立証責任は課税庁が負います。この点は裁判例で明示されています。
実際、国税不服審判所平成30年8月22日裁決は、課税庁が「預け金返還請求権(不当利得返還請求権)を有している」と主張した事案について、「そもそも本件資金相当額の預け金返還請求権は存在はおろか発生していたとすらいえない」として原処分を取り消しています。
費消されて残額がない事案では、「収支計算上は残るはずだ」という主張だけでは実在の立証になりません。この点が納税者側の反論の軸になります。逆に、引き出しから相続開始までの期間が短い出金については、手元現金として認定されるリスクが高くなります。
他方で、債権の存在が認められた場合の帰結は厳しいものになります。共同相続人が被相続人の金員を不正使用していた事案について、次の判示があります。
金銭債権のような可分債権は、相続開始と同時に法定相続分に応じて当然に分割承継されます(最判昭和29年4月8日民集8巻4号819頁)。預貯金債権を遺産分割の対象とした最高裁大法廷平成28年12月19日決定は、この可分債権一般の原則を変更していません。その結果、債務者である相続人自身も自己の相続分に応じて債権を承継し、その部分は民法520条の混同により消滅しますが、上記判決はその消滅部分も課税対象になるとし、回収不能でありその時価評価は零であるという主張を明確に排斥しています。
債権は財産評価基本通達204により、原則としてその返済されるべき金額(額面)で評価します。ただし同205は、「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」に該当する金額は元本の価額に算入しないと定めています。
205が列挙する事由(手形交換所の取引停止処分、更生手続開始決定、再生手続開始決定、特別清算開始命令、破産手続開始決定、業況不振による事業廃止・6か月以上の休業)はいずれも事業者・法人を想定したものです。個人の債務者については、柱書の「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」の解釈によることになります。
債務者が相続人自身である場合に減額が認められるかという点については、代償債務者が審査請求人本人であった事案で、相続開始日における債務者の正味財産の価額を限度とし、これを上回る債務超過相当額は元本の価額に算入しないとした裁決があります(平成14年11月28日裁決)。債務者が相続人・親族であること自体は、減額を妨げる事情としては扱われていません。
減額を主張するなら、「担税力がない」ではなく「債務者が弁済不能である」という構成で、相続開始日時点の資産・負債・所得を客観資料で固める必要があります。判定時期は相続開始日であり、相続開始後に返済不能になったといった事情は原則として評価を左右しません。また、混同により消滅する部分については、前記の東京地裁平成23年判決が回収不能による零評価を正面から排斥しているため、この部分での減額主張は避けるのが賢明です。
贈与として申告しておきながら、税務調査の場で「贈与とは認識していない、勝手に引き出して使っただけだ」と述べると、贈与の成立要件を欠くことになり、相続財産としての債権計上という別の問題に移行します。この「言い直し」が制度上どれだけ重いかは、あらかじめ理解しておく必要があります。
質問応答記録書は、国税通則法にも施行令にも規定がなく、国税庁が公表している事務運営指針・通達・FAQのいずれにも記載のない、内部規程に基づく行政文書です。その作成要領を定めた国税庁課税総括課「質問応答記録書作成の手引」(情報公開請求により開示されたもの)には、次の記述があります。
訂正は新しい記録書を追加作成する形でしか反映されず、当初の記録書は原本として残り続けます。裁判例も供述の変遷には厳しく、変遷に合理的な理由があるとはいえないとして供述全体の信用性を低いと評価した例があります(東京地裁令和6年2月15日判決)。
とくに注意すべきは、立証責任との関係です。ある裁決は、同一事案の中で、重加算税(課税庁が立証責任を負う)については質問応答記録書の信用性を否定した一方、更正の請求(納税者が立証責任を負う)については納税者の主張を退けています(令和3年6月22日裁決)。
贈与税を納付した後にこれを取り戻す局面は更正の請求であり、納税者側が立証責任を負います。「あのときの供述は正確ではなかった」という主張は通りにくいことになります。
贈与税について申告書を提出した者の更正の請求の期限は、国税通則法23条1項の5年ではなく6年です(相続税法32条2項が「五年」を「六年」と読み替えます)。他方、課税庁の更正・決定も6年、不正行為があれば7年です。さらに「実は贈与ではなかった」という事情は、国税通則法23条2項の後発的事由(同法施行令6条1項に5類型が限定列挙されています)のいずれにも当たらないため、2か月の延長も使えません。贈与税は取り戻せないのに相続財産としても計上される、という組合せが起こり得ます。
相続人からの聴き取りでは、「贈与」「貸付」といった法律用語をこちらから出さないことが有効です。用語を提示すると、その枠に合わせた回答が返ってきやすく、事実関係との齟齬を生みます。前掲の手引も、そのはしがきで「答述は、見間違い(聞き間違い)、記憶違い(記憶減退)、言い間違い(不正確な説明)が起こりやすい上、あえて虚偽の答述がなされる場合もある」として、答述の信用性は慎重に判断されるものだとしています。
「もらったと思ったのか」「預かっていたのか」「借りたのか」「断らずに引き出したのか」と全パターンを並べて聴き、そう考える理由まで確認したうえで、本来の贈与・本来の貸付金・本来の預り金という概念と比較して、どれに最も近いかで判定するという順序が実務的です。
なお、質問応答記録書への署名は拒否できます。同手引問27は、拒否された場合には署名欄を空欄のままとし奥書にその旨を記載するよう定めたうえで、「署名を強要することはもとより、そのような疑義を生じさせる言動をしないよう留意する」としています。署名を拒否できること、写しは交付されないことの2点は、相続人への事前説明に含めておくとよいでしょう。
意見聴取の有無は処分の効力に影響しません(税理士法35条4項)。加算税が課されないのは、意見聴取から調査通知までの間に修正申告した場合に限られます(国税通則法65条6項)。書面添付をしていれば重加算税を回避できるという法的効果はなく、調査の省略を前提とした制度でもありません。過大な期待を持たせないことが、後の紛争回避になります。
令和6事務年度の相続税の実地調査は9,512件、うち申告漏れ等の非違があったものが7,826件(82.3パーセント)、重加算税の賦課は1,065件(非違件数の13.6パーセント)、実地調査1件当たりの申告漏れ課税価格は3,093万円でした。
同資料が掲げる調査事例には、「被相続人名義の預金口座から、相続開始前に多額の現金が引き出されていたことから、その使途を解明するため、調査に着手した」という事案があります。相続人が「寄付しており、残っていない」と回答しながら寄付先を答えなかったため現況調査に移行し、相続人宅の金庫から多額の現金が発見され、重加算税が課されています。使途不明の出金が調査の端緒になることを、国税庁自身が公表している例です。